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東京高等裁判所 平成10年(ネ)5507号 判決 2000年2月01日

控訴人 日水製薬株式会社

右代表者代表取締役 富本善久

右訴訟代理人弁護士 中島敏

同補佐人弁理士 須藤阿佐子

被控訴人 株式会社 ヤトロン

右代表者代表取締役 内藤修

<他1名>

被控訴人ら訴訟代理人弁護士 宇井正一

同 花岡巖

同 新保克芳

右補佐人弁理士 日野あけみ

同 大屋憲一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

原判決を取り消す。

控訴人は、その有する特許権(登録番号第一七七九一七七号)に基づき、被控訴人株式会社ヤトロンが原判決添付の別紙物件目録一記載の物件を製造、販売することを、また、被控訴人株式会社ダイアヤトロンが右物件を販売することを、それぞれ差し止める権利を有することを確認する。

被控訴人らは、控訴人に対し、各自金六〇〇〇万円及びこれに対する平成九年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一審、二審とも被控訴人の負担とする。

仮執行の宣言

二  被控訴人ら

主文と同旨

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

一  当審における控訴人の主張の要点

1  本件発明の技術的範囲

本件発明は、特定の組成を有する混合液四液を調製し、インキュベートし、それぞれの吸光度を測定したうえ、所定式に代入して、免疫比濁法により血清CRPを簡易迅速に定量することを本質的特徴とするものである。

控訴人が、平成三年一月二八日付けで特許請求の範囲を補正したことは、事実である。しかし、これは、測定の対象となる被験液T、検体ブランク液SB、試薬ブランク液RB及び緩衝液ブランク液BBの組成を、本件発明の出願当初の明細書の記載に従って特定した、というだけの意味を有するにすぎず、右補正後の特許請求の範囲の内容は、出願当初の特許請求の範囲の内容と実質的に異なるところはなく、何ら減縮されていない。したがって、本件発明の技術的範囲を確定するためには、本件明細書の記載に従って解釈すればよいのであって、原判決のように出願の経過を参酌して技術的範囲を限定することは、本件発明の解釈として誤っている。

2  イ号方法と本件発明との対比

(一) イ号方法は、原判決添付の別紙方法目録一、二記載のとおりである。

本件発明は、特許請求の範囲にいうそれぞれの液について、液量、液数、測定順序等を限定していないから、本件発明とイ号方法が、測定対象液の内容を同一にする以上、イ号方法は、本件発明のすべての構成要件を充足する。

(二) イ号方法を本件発明に対応させると、その構成は、次のとおりである。

(1) 原判決添付の別紙方法目録一、二の第一、四記載のイ号方法の操作〔4〕ないし〔6〕は、同目録によれば、次のとおりである。

〔4〕反応容器内に検体一五μ1が分注される。

〔5〕右〔4〕の反応容器内に緩衝液R―1三五〇μ1が分注され、撹拌される。

〔6〕右〔5〕を一定温度(三七℃)で反応させ、その吸光度が二〇秒間隔で一五回測定され、各測定値から〔2〕の吸光度(「水ブランク」の吸光度)が差し引かれる。

右操作は、本件発明における検体血清と検体ブランク緩衝液との混合液である検体ブランク液SBを調製し、この混合液の吸光度(ASB)を測定することに相当する。したがって、イ号方法の〔4〕ないし〔6〕は、本件発明の構成要件b、e及びfを充足する。

なお、測定値から〔2〕の吸光度を差し引くことは、測定容器(セル)自体の吸光度を補正することであり、吸光度の測定でなされる常法である。

(2) 同〔7〕及び〔8〕について

〔7〕右〔6〕の測定後、同反応容器に抗CRP血清溶液R―2三五〇μ1が追加分注され、撹拌される。

〔8〕右〔7〕をさらに一定温度(三七℃)で反応させ、吸光度が二〇秒間隔で一六回測定される(なお、右方法目録一に係るイ号方法では、さらに各測定値から〔2〕の吸光度が差し引かれる。)

右操作は、CRP検体血清と抗血清使用液との混合液を調製し、インキュベートしてプラトーに達せしめた後に、該混合液に生じた免疫反応の結果を吸光度により測定することであるので、本件発明の混合液T、吸光度ATに相当する。したがって、イ号方法の〔7〕及び〔8〕は、本件発明の構成要件a、e及びfを充足する。

(3) 同〔10〕及び〔11〕について

〔10〕同様に、検体に代えてブランク用の精製水又は生理食塩水を用いて〔1〕ないし〔9〕の操作が行われる。

〔11〕精製水又は生理食塩水を用いた場合の吸光度が求められる。

イ号方法の〔10〕及び〔11〕は、本件発明の構成要件cないしfを充足する。

(三) 混合液の液数

(1) イ号方法においては、CRP検体血清に、あらかじめ緩衝液が添加されているのみでなく、CRP検体血清と抗血清使用液の混合液に、更に緩衝液が「注ぎ足し」される結果となっている。しかし、CRP検体血清と緩衝液とで免疫反応が生ずることは、あり得ないことであり、また、緩衝液は、本件発明、イ号方法のいずれにおいても既に抗CRP血清溶液中に大量に含まれているのであるから、緩衝液が「注ぎ足し」されたことをもって、イ号方法の対象液が本件発明の混合液と異なる構成のものであると認める根拠とすることはできない。

(2) 原判決は、本件発明において調製する四種類の液、すなわち、被験液T、検体ブランク液SB、試薬ブランク液RB及び緩衝液ブランク液BBがいずれも「二液のみの混合液」であるものに限定されると認定し、これを前提に、イ号方法は、右「二液」にさらに緩衝液が添加されているから、「三液」であり、混合液の液数が本件発明のそれと相違すると認定した。

しかし、本件発明の本質的特徴でない第三の液である緩衝液を増量させたり添加させたりしても、このような緩衝液は、本件発明の「それぞれの液」中にもともと多量に含有されることが明細書の記載から明らかであり、しかも、本件発明に明記されている以外の新たな反応や濁度の変化を生ずるものでも、顕著な作用効果を生ずるものでもなく、本件発明を実施するに当たり、当該分野の技術者が適宜行うところにすぎないのであるから、右緩衝液の増量や添加は、本件発明の実施態様の一つにすぎない。したがって、原判決の右認定は誤っている。

(四) 液量補正値k

原判決は、本件発明における演算式では液量補正値kの考慮が必要でないと認定し、同認定を前提として、kの考慮が必要であるイ号方法とは演算式を異にすると認定した。しかし、本件発明においては、液量が同一のものは、単に実施態様の一つとして示されているにすぎないから、各測定段階における液量は、同一であるものに限定されてはいないのである。使用液量が異なる場合に液量補正がなされるのは当然のことであるから、この点でも、イ号方法は、本件発明と何ら異ならない。したがって、原判決の右認定は、誤っている。

3  特許異議申立てに対する答弁

(一) 本件発明が日立七〇五形自動分析装置によっても日立七〇五〇形自動分析装置によっても実施できることは、「測定自体の自動化が可能である」(原判決添付の特許公報八欄六行)として本件明細書の発明の詳細な説明に明示されているところである。本件発明は、右両装置に適用可能なものとして完成されたものであり、具体的には、本件明細書の「自動化」の記載が、右両装置を意味する。

(二) 控訴人が、高橋栄古の日立七〇五形自動分析装置を引用した異議申立てに対する答弁書において、「甲第2号証に係る株式会社日立製作所製の七〇五形自動分析装置に本願発明による定量法の理論、延いては本願発明方法において規定されている計算式が組み込まれている事実は存在しない」と述べたことは認める。

しかし、右答弁は、本件発明の定量法、すなわち、免疫反応による濁度を測定することにより検体血清中のCRPを定量する本件発明の定量法が日立七〇五形自動分析装置に組み込まれていないこと、また本件発明の計算式、すなわちCRPの濁度を、被験液の濁度から検体ブランク液を控除し、さらに被験液を生理的食塩水に代えて同様に測定した値を控除することによって、検体血清中のCRPを簡易迅速に定量する本件発明の具体的演算式が右装置に組み込まれていないことを述べただけである。

現に、本件発明の特許出願時において、日立七〇五形自動分析装置を利用したCRPの定量方法は、本件発明以外には存在せず、本件発明に係る試薬は未だ販売されておらず、また、右装置に使用する試薬キットの発売もされていなかったのであるから、本件発明の特許出願以前に、CRP定量の具体的演算式が右装置に組み込まれているはずもなかったのである。

4  均等(予備的主張)

仮にイ号方法が本件発明の構成要件をすべて充足すると認定されなかったとしても、イ号方法は、次のとおり、最高裁判所平成一〇年二月二四日第三小法廷判決(判例時報一六三〇号三二頁等参照)が示した均等の積極三要件をすべて充足し、かつ消極二要件に不該当であるから、本件発明の技術的範囲に属するものである。

(一) 非本質的部分の差異

仮りに本件発明についてインキュベート及び吸光度の測定対象液の液数が「二液」と認定されたとしても、本件発明とイ号方法との差異は、本件発明が、検体血清と抗血清使用液との混合液である被験液Tを測定対象としているのに対し、イ号方法が、検体血清と抗CRP血清溶液と緩衝液の混合液を測定対象とし、また、本件発明が、生理食塩液と抗血清使用液との混合液である試薬ブランク液RBを測定対象としているのに対し、イ号方法が、生理的食塩液又は精製水と抗CRP血清溶液と緩衝液の混合液を測定対象とした点で差異があるにすぎない。

そうすると、イ号方法において、本件発明の抗血清使用液にもともと含有される緩衝液を更に添加したことにより、本件発明と「液数」が異なることになったとしても、本件発明の特徴的部分である「測定対象液の組成」自体は、本件発明と同一であるから、「液数」の差異は、何ら本質的な差異ということができない。

(二) 置換可能性

本件発明における「それぞれの液」が二液の混合液に限定されると認定されたとしても、緩衝液はもともと免疫反応に直接関与するものでなく、かつ、既に本件発明及びイ号方法の抗CRP血清液中に大量に混合されているものであるから、これをイ号方法の検体血清と抗CRP血清溶液、生理的食塩液又は精製水と抗CRP血清溶液に添加したとしても、測定結果に影響を及ぼすものではなく、このような場合には、単に液量の増加による希釈の割合を簡易な計算で、常識により補正すれば足りることである。

したがって、本件発明の被験液T、試薬ブランク液RBの構成を、イ号方法の検体血清と抗CRP血清溶液と緩衝液の混合液、生理的食塩液又は精製水と抗CRP血清溶液と緩衝液の混合液に置換にしても、CRPの簡易迅速で正確な定量という本件発明と同一の目的を達成でき、置換可能性の要件を充足することは明らかである。

(三) 置換容易性

本件発明の特許出願から二年を経過した本件侵害時(昭和五九年末)においては、既に、本件発明を日立七〇五形自動分析装置に適用することができる旨を述べた乙第四二号証の論文が公刊(昭和五七年九月)され、また、右装置に使用するための控訴人の試薬が実際に販売(昭和五七年末)されているから、本件発明を既存の日立七〇五形自動分析装置や日立七〇五形自動分析装置に組み込まれた計算式に合致するように置換してイ号方法とすることは、当業者が侵害時において容易に想到できたものである。

(四) 公知技術とイ号方法

本件発明の出願以前には、比濁法を利用したCRPの定量の基本原理が知られていたにすぎず、本件発明を日立七〇五形自動分析装置に使用する具体的な定量方法も知られていなかった。本件発明の出願以前には、日立七〇五形自動分析装置に本件発明を使用するためには、二チャンネル測定のための試薬の量や装置の計算パラメータの特定、検量線の設定等の工夫が必要であった。したがって、イ号方法は、本件発明の出願時において、公知技術と同一ではなく、公知技術から当業者が容易に想到できたものでもなかった。

(五) 意識的除外等の不存在

イ号方法について、控訴人が本件発明の出願手続において意識的に除外した等の特段の事情は存在しない。

二  当審における被控訴人らの主張の要点

1  本件発明の技術的範囲について

特許庁は、平成二年一一月八日の拒絶査定に先立ち、平成二年四月九日に、出願人である控訴人に対して、「臨床検査臨時増刊第二三巻一一号」を引用例として示したうえ、そこにブランクを差し引くことが記載されているとの拒絶理由通知を発し、これに対して、控訴人は、意見書を提出し、概略、「①この種の測定においては、検体試料とブランク(盲検)試料とを調製し、これらについて測定を行い、検体試料に関する測定値からブランク試料に関する測定値を差し引き、得られた値を検量線と照合して測定値とすることは当然のことである。②引用例に記載されているネフェロメトリーと本願発明の比濁法は、測定原理が全く異なる。③測定感度の点から、レーザー比濁法以外の方法は、CRPの測定に適用不可能と考えられていた。」との趣旨の意見を述べた。ところが、この意見書の提出にもかかわらず、特許庁は、「免疫比濁法により、各種の抗原成分を測定することは、本願出願前より周知であり(例えば、特開昭五二―一二五六二三号)、これを、CRPの測定に適用することは、当業者が容易になし得たものと認められる」との理由で拒絶検査を行った。そこで、控訴人は、これに対して、審判請求を行うとともに、特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明を大幅に補正し、ようやく特許査定を受けた。その結果、補正前の特許請求の範囲には、液について、わずかに「被験液(T)及び試験液(RB)並びにこれらのブランク液(SB及びBB)」と記載されているだけであって、それら各液の構成には何らの限度もなく、また、四種類の液を「インキュベートし、プラトーに達せしめ」るに際して「それぞれ」行うという限定もなかったため、実質的には、各ブランク液の吸光度を加減するという原理に従いさえすれば足りるかのような、きわめて広い特許請求の範囲の記載であったのが、右補正によって、各液の構成が具体的に特定され、四種類の液をそれぞれ調整し、それぞれインキュベートしてプラトーに達せしめ、各液の吸光度をそれぞれ測定するという具体的な記載となった。

以上の経緯からみて、本件発明は、各ブランク液の吸光度を加減するという原理に従うものすべてではなく、右の特定の四液の調整、反応、測定という具体的な方法を対象にするものであり、右補正によりこのような具体的な方法を対象とするものとならなければ拒絶査定を回避できず、特許査定を受けることができなかったことが明らかである。

控訴人は、本件発明は、特定の組成を有する混合液四液を調製し、インキュベートし、それぞれの吸光度を測定したうえ、所定式に代入して免疫比濁法により血清CRPを簡易迅速に定量することを本質的特徴とするものである旨主張するが、これは、結局、拒絶査定を受けて、自ら特許請求の範囲の記載を補正して、本件発明を特定の方法に係るものに限定しておきながら、補正する前の特許請求の範囲の記載に基づいて本件発明を理解せよというにほかならない。本件発明は、特許請求の範囲に記載の特定の方法を保護の対象とするのであるから、右方法こそが本質的な部分なのである。

2  イ号方法と本件発明との対比について

(一) 被控訴人の実施しているイ号方法は、日立七〇五形自動分析装置によって公知となっていたCRPの測定及び計算方法をそのまま用いているだけである。

(二) イ号方法では、①検体と緩衝液R―1を五分間反応させて吸光度を測定し、②その後、同液に抗CRP血清溶液R―2を加えて反応させて吸光度を測定する。この②の液には検体と抗血清使用液R―2のみならず、「検体ブランク緩衝液」に該当する緩衝液R―1が加えられている。また、検体と緩衝液(R―1)はすでに五分間ではあるが一部反応ずみである(例えば、R―1中には界面活性剤が含まれており、検体中の乳び成分が可溶化するため、検体の吸光度は減少している)。したがって、イ号方法は、本件発明にいう「検体血清と抗血清使用液との混合液である被験液T」に該当するものを有していない。

次に、イ号方法では、検体をブランク用の精製水に代えて、③精製水と緩衝液R―1を五分間反応させて吸光度を測定し、④その後、同液に抗CRP血清溶液R―2を加えて反応させて吸光度を測定する。この④も、右②と同じく、「検体ブランク緩衝液」に該当する緩衝液R―1が加えられているから、イ号方法は、本件発明にいう「生理食塩水と抗血清使用液との混合液である試薬ブランク液RB」に該当するものを有していない。

さらに、イ号方法で測定される吸光度は、検体血清と検体ブランク緩衝液SBとを反応させた後に、抗血清使用液Tを注ぎ足した三液の混合物を反応させて測定されるから、本件特許請求の範囲の「吸光度AT」は存在せず、同様に、「吸光度ARB」も存在しない。その結果、イ号方法で行う計算は、本件発明の特許請求の範囲と同じ計算式にはならない。また、イ号方法においては、本件発明と比べて液量が異なるので、差し引き計算をするために液量に応じた補正が不可欠である。

3  特許異議申立てに対する答弁について

控訴人は、日立七〇五形自動分析装置で本件発明と同様の計算が行われていたことを理由とする特許異議申立てに対する答弁書において、「甲第2号証に係る七〇五形自動分析装置に本願発明による定量法の理論、延いては本願発明方法において規定されている計算式が組み込まれている事実は存在しない」などと主張し、特許庁は、この主張に基づいて右特許異議申立てを排斥し、特許査定を行った。右経緯によれば、控訴人が日立七〇五形自動分析装置で行われるCRPの測定及び計算について本件発明を対象外と考えていたことは明らかであり、右のように主張して本件発明について特許を受けた以上、同装置又はそれに準ずる装置で行うCRPの測定及び計算が、本件特許の対象に含まれないと考えるべきことは当然である。

4  均等(予備的主張)について

原判決が認定しているとおりの経緯で成立し、また、日立七〇五形自動分析装置によるCRP測定が公知であったという事実を前提にすれば、イ号方法について、均等論を適用する余地がないことは明白である。

(一) 非本質的部分

控訴人は、本件発明とイ号方法とでは単に緩衝液が含まれるか否かの差異のみであると主張するが、緩衝液は、本件発明の構成要素の一つである「検体ブランク緩衝液」に該当するものであり、しかも、イ号方法においては、検体血清と緩衝液R―1は、五分間ではあるが一部反応ずみであるから、イ号方法においては、本件発明の特許請求の範囲にいう「被験液T」は存在しない。同じことは、精製水と緩衝液R―1と抗CRP血清溶液R―2を加える系列にも妥当し、イ号方法においては、本件発明の特許請求の範囲にいう「試薬ブランク液RB」は存在しない。

特許請求の範囲に記載の特定の方法を保護の対象とする本件発明においては、特許請求の範囲に記載の特定の方法こそが本質的な部分であるから、右のような方法の差異を非本質的部分とはいうことはできない。

(二) 置換可能性

本件発明は、被験液の測定値から後三者の測定値を厳密に差し引くことにより簡易迅速で「正確な定量」ができるというものである。ところが、イ号方法では、検体血清と緩衝液R―1は五分間ではあるが一部反応ずみであるため、そこに抗CRP血清溶液R―2を加えて反応させて吸光度を測定しても、本件発明の目的とする「正確な定量」は得られない(プラトーに達せしめないことも正確な定量を阻害する。)。したがって、置換可能であるとはいえない。

(三) 置換容易性

仮に置換が容易であるとしても、それは、日立七〇五形自動分析装置によるCRP測定が本件発明の特許出願前に公知であったためであり、本件発明の開示とは無関係である。

(四) 公知技術とイ号方法

イ号方法は、前記のとおり、日立七〇五形自動分析装置で公知となっていた測定方法をそのまま用いているものである。

(五) 意識的除外等の不存在

前記3のとおり、控訴人は、日立七〇五形自動分析装置で実施される方法は、本件特許の対象外の方法であることを明示している。

第三当裁判所の判断

当裁判所も、被控訴人の本件請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。

一  本件発明の技術的範囲について

1  本件発明の特許請求の範囲の記載が、

「検体血清と抗血清使用液との混合液である被験液Tと、検体血清と検体ブランク緩衝液との混合液である検体ブランク液SBと、生理食塩液と抗血清使用液との混合液である試薬ブランク液RBと、生理食塩液と検体ブランク緩衝液との混合液である緩衝液ブランク液BBとを調製し、これらをそれぞれインキュベートしてプラトーに達せしめた後に、それぞれの液の吸光度(AT,ASB,ARB及びABB)を測定し、CRPによる検体血清の吸光度(ACRP)を式

ACRP=AT--ASB-(ARB-ABB)

として算定し、一方上記と同様に、但し検体血清の代わりに各種濃度のCRP標準液を用いて吸光度―CRP値の関係を示す検量線を予め作成しておき、上記の算定吸光度値に該当するCRP値を上記の検量線から求めることを特徴とする、免疫比濁法による血清CRPの範易迅速定量法。」

であることは、当事者間に争いがない。

2  右記載を通常の用語例及び用法に従って素直に読めば、本件発明は、検体血清と抗血清使用液との混合液である被験液Tと、検体血清と検体ブランク緩衝液との混合液である検体ブランク液SBと、生理食塩液と抗血清使用液との混合液である試薬ブランク液RBと、生理食塩液と検体ブランク緩衝液との混合液である緩衝液ブランク液BBの四種類の混合液を測定対象液とすること、この四種類の混合液について、それぞれ別個に調製し、各液をインキュベートしてプラトーに達せしめ、その後に、各液の吸光度(AT,ASB,ARB及びABB)を測定すること、その後に、右のとおり測定した各液の吸光度を式

ACRP=AT-ASB-(ARB-ABB)

に代入して、CRPによる検体血清の吸光度(ACRP)を算定すること、及び、以上の工程で免疫比濁法による血清CRPの定量を行うことを必須の構成とする方法の説明であるということになる。

3  控訴人は、本件発明は、特定の組成を有する混合液四液を調製し、インキュベートし、それぞれの吸光度を測定したうえ、所定式に代入して免疫比濁法により血清CRPを簡易迅速に定量することを本質的特徴とするものであり、平成三年一月二八日付け補正後の特許請求の範囲の内容は、実質的には、出願当初の特許請求の範囲と異なるところはなく何ら減縮されていない旨主張するので、検討する。

(一) 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 平成三年一月二八日付けでなれた補正より前の本件発明の特許請求の範囲の記載は、

「被験液(T)及び試験液(RB)並びにこれらのブランク液(SB及びBB)を調製し、これらをインキュベートしてプラトーに達せしめた後に、それぞれの液の吸光度(AT,ARB,ASB,及びABB)を測定し、CRPによる検体血清の吸光度(ACRP)を式

ACRP=(AT-ASB)-(ARB-ABB)

により算定し、一方上記と同様に但し血清の代わりにCRP標準液を用いて吸光度―CRP値の検量線を作成し、上記算定吸光度値に該当するCRP値を上記検量線から求めることを特徴とする、免疫比濁法による血清CRPの簡易迅速定量法。」

というものであった。

(2) 特許庁は、平成二年四月九日、本件発明の出願人である控訴人に対し、「臨床検査臨時増刊第二三巻一一号」を引用例として示し、そこにはブランクを差し引くことが記載されているとして拒絶理由通知をした。これに対して、控訴人は、同年八月二日付けの意見書中で、「このような御認定には到底承服できませんので、その理由及び出願人の見解について以下に述べます。先ず、第一に、「ブランクを差し引くこと」が自明であることを根拠として、本願発明の特許性を否定することは不可能な点です。何故ならば、この種の測定においては検体試料とブランク(盲検)試料とを調製し、これらについて測定を行い、検体試料に関する測定値からブランク試料に関する測定値を差し引き、得られた値を検量線と照合して測定値とすることは当然のことだからです。…従いまして、引用文献に開示されている機器が採用しているネフェロメトリー(Nephelometry、比濁法)と本願発明が採用している比濁法(タービディメトリー、Turbidimetry)とは測定原理が全く異なるものです。」などと述べた。しかし、特許庁は、平成二年一一月八日、「免疫比濁法により、各種の抗原成分を測定することは、本願出願前より周知であり(例えば、特開昭五二―一二五六二三号)、これを、CRPの測定に適用することは、当業者が容易になし得たものと認められる」という理由によって本件発明につき拒絶査定をした。

(3) 控訴人は、平成二年一二月二八日、拒絶査定不服の審判を請求するとともに、平成三年一月二八日付けの手続補正書を提出して本件発明の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明を補正し、同日付け審判請求理由補充書において、拒絶査定における引用例は、「免疫比濁法による測定原理そのものであり、当該原理に基づくものであり且つ特許保護の対象となるべき特定の具体的な手法ではないのです。」とし、本件発明の内容について、「本願発明は、当時における上記のような技術水準において既述の課題、通常の即ち一般の光学的濁度計を用いる比濁法では検出限界以下であって測定不可能と考えられ、又…ルーチン検査法では検出限界に近く且つ定量測定が極めて困難乃至不可能とされ、一方レーザー比濁法は測定感度は充分であるが実用的には課題があるとされていた血清CRPの測定を通常の光学的濁度計の使用を以って可能ならしめたものです。

本発明方法では、このために、先ず

a) 下記の4種類の液、すなわち

ⅰ) 被験液(T):

検体血清と抗血清使用液との混合液、

ⅱ) 検体ブランク液(SB):

検体血清と検体ブランク緩衝液との混合液、

ⅲ) 試薬ブランク液(RB):

生理食塩液と抗血清使用液との混合液、

及び、

ⅳ) 緩衝液ブランク(BB):

生理食塩液と検体ブランク緩衝液との混合液

とを調製し、

b) 上記の各液を、それぞれ、インキュベートしてプラトーに達せしめた後に、

c) 各液の吸光度(AT,ASB,ARB及びABB)を測定し、

d) 得られた各吸光度値を次式、すなわち

AT--ASB-(ARB-ABB)

に算入して得られた値を検体血清の吸光度(ACRP)とし、

e) 上記のa)-d)項と同様にして、但し検体血清の代わりにCRP濃度が既知の且つ種々濃度のCRP標準液を用いてインキュベートし、プラトーに達した各液の吸光度を測定することにより吸光度値とCRP値乃至濃度との関係を示す、所謂「標準検量線」を予め作成しておき、

f) 前記のd)項での算出により得られた吸光度値(ACRP)を上記のe)項で得た標準検量線に照合するのです。

このような本発明方法、殊に上記の工程の内a)-d)の工程[工程e]及びf)自体周知の工程です]は前審引例文献に開示はおろか、示唆すらされておらず、又当該分野の通常の技術者が窺い知り得る処ではなかったのです。」などと述べた。その結果、特許庁は、平成四年二月一九日、本件発明について特許出願公告をした。

(二) 右認定の各事実によれば、控訴人は、拒絶理由通知や拒絶査定において本件発明の基本原理であるブランク補正及び免疫比濁法に係る先行技術を示されたため、本件発明が公知のブランク補正及び免疫比濁法に係る先行技術そのものとは異なることを強調し、また、四種類の混合液の調製、インキュベートとプラトー、吸光度測定の測定、所定式の代入による計算の工程に特徴があることを強調し、本件発明の特許請求の範囲を前記1のとおり補正し、その特許請求の範囲に記載された組成を有する混合液四液について、その特許請求の範囲に記載された具体的な工程で血清CRPを定量するという特定の方法に係る発明としたものである。したがって、本件発明は、補正後の特許請求の範囲に記載された右特定の方法自体を必須の構成、すなわち、本質的特徴とするものであり、原告主張のように、補正前の特許請求の範囲に記載されたような、特定の組成を有する混合液四液を調製し、インキュベートし、それぞれの吸光度を測定したうえ、所定式に代入して免疫比濁法により血清CRPを簡易迅速に定量するという、一般的な形で示される方法を本質的特徴とするものではないことが明らかである。

二  本件発明とイ号方法の対比について

1  当事者間に争いがない原判決添付の別紙方法目録一及び二の記載内容及び弁論の全趣旨によれば、イ号方法は、日立七〇五形自動分析装置及び日立七〇五〇形自動分析装置に組み込まれている測定、計算方法(分析モード 2ポイントアッセイ)によって血清CRPの定量を実施するものであり、これを本件発明の特許請求の範囲の記載に対応させて整理すると、次のとおりのものということができる。

(一) 一方で、検体と緩衝液R―1との混合液をインキュベートしてその吸光度を測定し、次いで、これにさらに抗CRP血清溶液R―2を加えた、検体と緩衝液R―1と抗CRP血清溶液R―2との混合液をインキュベートしてその吸光度を測定し、液量補正kを考慮して、検体を用いた場合の吸光度を算定する。

(二) 他方で、右検体を精製水(又は生理食塩水。この点については争いがある。以下単に「精製水」とのみ記載する。)に代え、精製水と緩衝液R―1との混合液をインキュベートしてその吸光度を測定し、次いで、これにさらに抗CRP血清溶液R―2を加えた、精製水と緩衝液R―1と抗CRP血清溶液R―2との混合液をインキュベートしてその吸光度を測定し、液量補正kを考慮して、精製水を用いた場合の吸光度を算定する。

(三) (一)において算定された吸光度から、(二)において算定された吸光度を差し引く。

(四) 以上と同様な操作がCRP既知濃度の標準品についても行われ、CRP濃度と吸光度の関係が演算されて、(三)で求めた検体中のCRPの免疫反応による生成物質の吸光度から検体中のCRP濃度が算出される。

2  イ号方法と本件発明とを対比すると、イ号方法は、検体に、緩衝液R―1及び抗CRP血清溶液R―2を順次加えて調製、インキュベート、吸光度測定する系列と、精製水に、緩衝液R―1及び抗CRP血清溶液R―2を順次添加して調製、インキュベート、吸光度測定する系列との二系列を有し、前者の系列では、まず、検体と緩衝液R―1との混合液を調製し、これをインキュベートし、吸光度を測定した後に、抗CRP血清溶液R―2を加えて調製し、再びインキュベートしてから、吸光度を算定するというものであり、後者の系列では、精製水と緩衝液R―1との混合液を調製し、これをインキュベートした後に、抗CRP血清溶液R―2を加えて調製し、再びインキュベートしてから、吸光度を算定するというものであるから、結局、二つの測定の系列ごとに、二液を調製、インキュベートして吸光度測定する工程と、それぞれに第三の液を添加して、再度、調製、インキュベートして吸光度測定する工程を有するものである。

これに対して、本件発明は、検体血清と抗血清使用液との混合液である被験液Tを調製、インキュベート、吸光度測定する系列、検体血清と検体ブランク緩衝液との混合液である検体ブランク液SBを調製、インキュベート、吸光度測定する系列、生理食塩液と抗血清使用液との混合液である試薬ブランク液RBを調製、インキュベート、吸光度測定する系列、生理食塩液と検体ブランク緩衝液との混合液である緩衝液ブランク液BBを調製、インキュベート、吸光度測定する系列の四つの系列があるだけである。

したがって、本件発明とイ号方法とは、検体血清(イ号方法では「検体」)と検体ブランク緩衝液(イ号方法では「緩衝液R―1」)との混合液を調製、インキュベート、吸光度測定する、生理食塩液(イ号方法では「精製水」)と検体ブランク緩衝液(イ号方法では「緩衝液R―1」)との混合液を調製、インキュベート、吸光度測定するという点では共通しているものの、イ号方法は、本件発明における、検体血清と抗血清使用液との混合液である被験液Tを調製、インキュベート、吸光度測定する工程、生理食塩液と抗血清使用液との混合液である試薬ブランク液RBを調製、インキュベート、吸光度測定する工程を欠いているなど、全体としては、測定する系列の数、液の組成、調製の工程、吸光度測定の内容、工程において著しく相異しているものといわざるを得ない。

3  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、イ号方法は、本件発明の構成要件を充足しないことが明らかであるから、これをもって本件発明の技術的範囲に属するものとすることはできない。

三  特許異議申立てに対する答弁について

1  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 控訴人が本件発明に係る出願をした当時、本件発明に近接した技術として、既存の日立七〇五形自動分析装置に組み込まれた測定、計算方法を利用して、2ポイントアッセイの分析モードで検体試料の吸光度の測定を実施し、検体にブランク補正をして目的成分の定量を行うという技術(以下「自動定量技術」という。)が存在した。この自動定量技術は、昭和五五年一〇月発売の日立七〇五形自動分析装置の取扱説明書において、一般的に検体試料にブランク補正が必要な場合の技術として記載されていたものの、本件発明のような血清CRPの比濁定量を考慮した記載とはなっておらず、また、血清CRPの比濁定量を行うための試薬も市販されていなかった。

(二) 控訴人は、本件発明とは別に、血清CRPの比濁定量分析を、自動定量技術を利用して行う研究を進めており、本件発明の出願当時には、右装置に組み込まれた測定、計算方法から具体的演算式を設定し、試薬をも完成させていた。

(三) 高橋栄古は、平成四年五月一八日、前記特許出願公告に対して、特許異議申立てをし、昭和五五年一〇月発売の日立七〇五形自動分析装置の取扱説明書を提出するとともに、平成四年六月一六日付けの特許異議申立理由補充書において、自動定量技術が存在することを指摘し、日立七〇五形自動分析装置を使用すれば、当業者であれば、容易に本件発明の血清CRPの定量を実施することが可能であるから、本件発明は全く新規性を有しないなどと主張した。

(四) これに対して、控訴人は、同年一一月二七日付けの特許異議答弁書において、「甲第2号証(判決注:昭和五五年一〇月発売の日立七〇五形自動分析装置の取扱説明書)に係る株式会社日立製作所製の七〇五形自動分析装置に本願発明による定量法の理論、延いては本願発明方法において規定されている計算式が組み込まれている事実は存在しない」、「日立七〇五形自動分析器は、本発明が関与する比濁定量ではなく、比色定量を基本とする生化学物質の測定用に設計されており、生化学物質の比色定量に際しては緩衝液ブランク液(BB)に関する吸光度(ABB)を無視し得ることが既述のように実験的にも証明されておりますので、当該値ABBの取扱いに関する概念は全く導入されておりません。」、「本発明方法の自動化のために甲第2号証に示される自動分析装置への適用を試みましたが、これは容易ではなかった…そこで鋭意検討の結果種々の変更(試薬の量や装置の計算パラメータの変更等)を加えることにより当該分析装置による自動測定の適用に成功し」などと述べた。要するに、特許異議答弁書における控訴人の主張は、自動定量技術は、本件発明のような免疫比濁法の測定を主眼としているものではなく、また、控訴人自身も、本件発明に、自動定量技術を適用しようとしたが容易ではなく、試薬の量や装置の計算パラメータの変更等を加えることにより適用に成功したのであるから、日立七〇五形自動分析装置には、免疫比濁法たる本件発明の計算方法は組み込まれておらず、自動定量技術と本件発明とは別な技術で、容易に推考しうるものでもないという趣旨のものであった。

(五) 特許庁は、控訴人の主張に理由があるものと考え、右特許異議申立てを排斥し、本件発明の特許査定をし、平成五年八月一三日付けで設定登録した。

(六) 被控訴人の実施しているイ号方法は、自動定量技術の一種である。

2  右認定の事実によれば、控訴人は、高橋栄古の特許異議申立てに対して、特許庁から、日立七〇五形自動分析装置の分析方法と本件発明とが同一であると、あるいは、本件発明は、同装置に組み込まれた自動定量技術から当業者が容易に推考し得ると、認定判断されることを恐れ、これを回避するために、日立七〇五形自動分析装置には、免疫比濁法たる本件発明の計算方法は組み込まれておらず、自動定量技術と本件発明とは別な技術で、容易に推考しうるものでもない旨主張し、これが認容されて本件発明に係る特許権を取得することができた、ということができるのである。控訴人は、一方で、自動定量技術と本件発明とは別な技術で、容易に推考しうるものでもない旨主張して特許権を取得し、他方で、自動定量技術の一種であるイ号方法が本件発明の技術的範囲に属すると主張しているのであって、禁反言の法理に照らし、このような主張が許されるものではないことは明らかというべきである。したがって、禁反言の法理の側面からも、イ号方法は、本件発明の技術的範囲に属しないものといわなければならない。

3  控訴人は、前記答弁は、本件発明の定量法、すなわち、免疫反応による濁度を測定することにより検体血清中のCRPを定量する本件発明の定量法が日立七〇五形自動分析装置に組み込まれていないこと、また本件発明の計算式、すなわちCRPの濁度を、被験液の濁度から検体ブランク液を控除し、さらに被験液を生理的食塩水に代えて同様に測定した値を控除することによって、検体血清中のCRPを簡易迅速に定量する本件発明の具体的演算式が右装置に組み込まれていないことを述べただけである旨主張するが、そのような趣旨の答弁でないことは、特許異議答弁書の記載自体からも明らかであり、控訴人の主張は、採用の限りでない。

その余の控訴人の主張も、前記認定判断に照らすと、いずれも、採用できないことが明らかである。

四  均等(予備的主張)について

控訴人は、仮にイ号方法が本件発明の構成要件をすべて充足すると認定されなかったとしても、イ号方法は、最高裁判所平成一〇年二月二四日判決が示した均等の積極三要件をすべて充足し、また消極二要件に該当しないから、本件発明の技術的範囲に属する旨主張する。

しかしながら、前記一1、3(二)認定のとおり、本件発明は、その特許請求の範囲に記載された組成を有する混合四液について、その特許請求の範囲に記載された具体的な工程で血清CRPを定量することを必須の構成とするものであるから、検体と緩衝液R―1との混合液、精製水と緩衝液R―1とをそれぞれ調製し、これらをそれぞれインキュベートし、吸光度を算定した後に、両者にそれぞれ抗CRP血清溶液R―2を加えて調製し、これらをそれぞれインキュベートし、吸光度を算定するというイ号方法は、本件発明の必須の構成を欠いているものであり、これが非本質的部分の相異といえないことは明らかである。

また、前記三の認定判断の下では、イ号方法をもって本件発明と均等とすることは、禁反言の法理の点からも許されないものというべきである。

したがって、その余の点につき判断するまでもなく、控訴人の均等の主張は、理由がないことが明らかである。

五  以上検討したところによれば、控訴人の請求は、いずれも理由がないから、これを棄却すべきであり、これと結論において同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 宍戸充)

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